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生き方を変えるには転機、切り替えスイッチがある 武士道・葉隠れ 

生き方を変えるには転機、切り替えスイッチがある 武士道・葉隠れ 

 

生き方には、一人一人違いがある。

だから類型化した生き方を述べるつもりはないが、

一つの意識として、死というものを視点にして、

生き方の転機、切り替えスイッチがあると思う。

 

死というものが強く意識される前と後でちょっと生き方が変わると思う。

永遠に続くと思われるときは

何にでも挑戦ができ、明日を考えずに、

無謀に生きることができる。

これは若い青年時代の生き方の特徴だ。

体験の中から自分を見つめ、磨き、成長することができる。

恐れるものは何もないという意識が優位であると思う。

時間が無限にあればこそ、何でもできる、失敗を恐れることはない。

 

この意識が、死というものを身近に感じ始めると、

だんだん、怖れを意識し、挑戦的なことができなくなり、

自己の限界を意識することになる。

自己成長感が段々少なくなり、保身的になってくる。

さらに、身体的な限界が見えて来ると、

住む世界はますます狭くなってくる。

 

この辺りまでくると、あとどんな生き方ができるのだろうか?

と疑問に思う。

人に生きる意味はあるのだろうか?

生きる目的は何か?

などと疑問が湧いてくる。

でも、一般的な意味での、「生きる意味・生きる目的」を考えるべきではない。

そこには答えは見つからないのである。

普遍的な意や抽意味での答えはないのである。

 

唯一、自分の置かれた位置、ところで、

つまりは、生きて来た積み重ねの中にしか、答えはないのである。

それこそ、飲まず食わずの飢餓状態に置かれた人にとっては、

、「生きる意味・生きる目的」の問は意味がない。

今そこにある危機を如何に生き延びるかが課題である。

 

それに比べれば、私の課題などのんきなものである。

私の見聞きした経験からすると、

人は自分の死期を感じることが出来ないと思う。

どんなに元気で生きている人でも、病気で生きている人でも

一週間後に死ぬとは思っていないのである。

だから、人間は本来、死など考えずに生きていけば良いのだが

それができないところが、何ともはがゆい。

「武士道は死ぬことと見つけたり」と言う葉隠の中に、
葉隠 (講談社学術文庫)
毎朝毎夕、改めては死々、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得(毎朝毎夕、いつも死ぬ覚悟をしていれば、武士道の自在の境地に達することができる)」という言葉があります。

このような心境になれれば、もっと気楽に生きれるのかも知れません。

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